ジェローム・シュシャン:なぜ弓道なのか?
弓道にみるマネジメントの極意とは――『ターゲット』著者のゴディバ社長ジェローム・シュシャン氏に聞いた。
本書を執筆された理由は?
新しい考え方や行動様式を仕事に持ち込みたい人たちに、方向性や哲学を示すことができればと思ったからです。そこに何らかの意味を見出せれば、人生は幸せで実り多いものになります。行動や成功が、反省と前進のきっかけとなるのです。私は仕事でも私生活でも、物事をさまざまな角度から眺める機会に恵まれてきました。フランス人ですが、25年間ここ日本で働いています。グローバル企業に勤めながら、余暇時間は日本の伝統文化である弓道をたしなんでいます。こうした経験が本の素材になるのではと考えたわけです。
弓道とビジネスの世界の共通点は?
まず根本的な共通点は、「目的を達成する」ということです。弓道では的を得る、ビジネスでは目標の業績を達成することです。しかし、その方法は双方で異なります。弓道は精神や射法が重要視され、的を得たかどうかは、自然の結末と考えられているのに対し、ビジネスは数字に見える結果が求められます。弓道は正に日本の神髄です。その教えは射法から指導方法、弓矢の製造方法に至るまで、受け継がれてきました。弓道が辿って来た長い時間に比べれば、日本におけるビジネスの歴史など浅いものです。ビジネスの習慣がこの国で発達したのは明治時代、それ以来幾度かの変革を経てきたこともあり、創業100年を超える企業はどの業界でもごくわずかです。弓道の所作は静寂に支配され、そこに流れているのは静謐な時間です。一方ビジネスは喧騒と欲望の世界で、そこでは誰もが時間に追われています。
弓道の世界に見返りはなく、そこではただひたすら自己という人間を磨くことだけが追及されます。一方ビジネスは儲けや生活の糧を手に入れようとする世界で、四半期毎の売り上げや利益のことで皆頭が一杯になっています。文化とビジネスが混ざり合わずに共存している日本のような国では、これら2つの世界の間にとてつもなく大きな隔たりがあるように思えます。ですが今の不安定な世の中で道標や生きる意味を探し求めている若者たちは、その答えをそれこそ弓道などの文化の中に見出すことになるのではないでしょうか。
弓道の教えを一言で言うと?
的を上手く射抜くためには、射手はいわゆる「射法八節」を忠実にこなさなければなりません。矢を放つ前の八節を正しく守れば必然的に的に当たる(正射必中)ということですね。師範は常にこれら八節を完璧に身に付けられるように弟子を指導するのであって、上手く的を射ることを教えようとするのではありません。こうした考え方には非常に前向きなところがあります。ここに示されているのはひたすら練習に集中すれば常に上達を実感できるということですから、的中したかどうかで一喜一憂することもなくなるわけです。このようなものの見方は、人生や仕事など弓道以外のさまざまな場面に適用できます。例えば会社がある売上高を目標に設定したとします、すると皆がこれを達成するための方法について頭を悩まします。でも必要なことは、どうすればお客様に最も満足していただけるか、それだけを集中的に考えればよいのです。そうすれば売り上げも自然に伸びていきます。
弓道の精神がゴディバ経営にも役立っていますか?
ゴディバは、ここ5年で業績を2倍に増やしました。毎年15%伸びた計算です。この間、社員へのメッセージは、決して数字に見える目標を設定するのではなく、新製品の開発や既存ブティックでのサービスの向上、新しいプロモーション&コミュニケーション、人材育成などに目を向けさせることでした。結果ではなく、プロセスに集中する方法が、クリエイティブなエネルギーを生み出し、社員のモチベーションに繋がるのです。
ジェローム・シュシャン「ターゲット ゴディバはなぜ売上2倍を5年間で達成したのか?」高橋書店、180ページ。