JC DECAUXは三菱で走る

フランスの大手広告代理店は商社と組んで日本市場を席巻。MCDecaux(エムシードゥコー)代表取締役社長ジャン=コーム・ランフランキ氏 にその冒険の話を聞いた。

三菱商事株式会社とはどのように関係が始まったのですか?
日本市場への参入が可能となったのは、三菱のおかげです。1998年、当時の仏国三菱商事会社社長 がジャン=クロード・ドゥコー氏に会いに来て、JCDecaux(ジェーシードゥコー)のパリでの事業について素晴らしく興味深い経済モデルだと述べたうえ、ぜひ日本で展開したいと言ったことがきっかけです。三菱との強力なパートナーシップが生まれ、2000年には日本でMCDecauxが設立されました。イオン株式会社の大株主である三菱は、MCDecauxのイオングループとの提携をサポートしてくれました。イオンは日本で最初のパートナーです!これをきっかけに、他資本や顧客を開拓することができました。

関係はどう発展したのですか?
三菱は、契約の直接の当事者でなくても、常に我が社を支援してくれました。三菱の存在は頼もしいものでした。三菱本来の商取引に事業を集中させることが決まった2013年には、株の保有率は40%から15%になりました。三菱は非常に懐の深いパートナーです。議決権を有する株主として、三菱には、MCDecaux の事業について全てを通知しています。

三菱は海外でもパートナーですか?
いいえ。三菱は日本でのパートナーです。三菱にとっては「日本で外国企業と提携したらどんなリスクがあるだろう?」という心配があるようです。日本国外でのJCDecauxの事業には、他のパートナーがいます。

三菱との協力関係から得られるものは何ですか?
日本では知られていなかったJCDecaux だけでは、日本市場進出という冒険はできなかったと思います。できたとしても非常に困難で、もっと時間がかかったに違いありません。三菱のおかげで、自治体関係の手続きの際、十分に信頼してもらえました。三菱は、当時の日本にはなかったJCDecaux のやり方に発展可能性を見出してくれたのです。日本では当時、官民パートナーシップの概念がまったく知られていませんでした。この概念を日本に導入するには、法律を変えてもらう必要があったのです。そのため、JCDecaux は完璧でなければなりませんでした。三菱は、パリやその他の街中でJCDecauxの高いクオリティを目にしていたのです。それは、ディティールを大切にする日本人にも評価してもらえるものでした。こうして三菱は、JCDecauxと共に素晴らしい冒険に乗り出すことを決めたのです。

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